シャワーを浴びた後、簡単な朝ごはんを作って食べ、ソファーに腰掛けてゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
今日は、休日だ。いつもの休日であれば、溜まった家事を片付けるために家事三昧の日になりがちなんだけど、今日は吸血鬼くんのおかげで楽だった。
必要なことといえば、洗濯機回すくらいだ。本当は掃除機もかけたかった。だが、寝ている吸血鬼くんを起こしてしまうかもしれない。やめておいた。
コーヒーを飲みつつ、ソファーでスマホを見ながらゴロゴロ。至福の時間だ。でも、起きたのが遅かったからすぐに昼になり、至福の時間は終わった。
昼ごはんを作って食べていると、インターホンが鳴る。
昨夜注文した採血キットだった。夜に頼んだものが、次の日の昼に届くなんて。本当に、便利な世の中になったものだ。
開封してみると、思った通り。練習用と書かれていたけど、針とホルダーは本物と同じ規格のやつだ。これでいける。
さて、これで無事に採血ができるようになったけど、吸血鬼くんを起こすべきだろうか。彼、昨日は空腹でフラフラしていた。早く提供してあげた方がいいかもしれない。
私は寝室へ行き、そっとクローゼットを開ける。中を覗くと、朝見た時と変わらない様子で、吸血鬼くんが眠っていた。その寝姿は、まるで子供の頃に飼っていたハムスターみたいだった。……かわいい。めちゃくちゃかわいい。
私は、静かにクローゼットを閉めた。せっかくぐっすり寝ているのに、起こしたらかわいそうだ。
起きたらすぐに飲めるように、先に血を抜いてコップとかに入れておくべきかと考える。でも、空気に触れさせると品質が悪化するかもしれない。とはいえ、直接噛んで血を吸おうとするような人が品質を気にするようにも思えない。……結局のところ、わからん。やっぱり起きてから聞いてみることにしよう。私はそう決めて、机の上に開封した採血キットを置いた。
その後洗濯物を干して、またソファーでゴロゴロ過ごしていると、だんだんと日が傾いてきた。もう夕方か。本当に、日が短くなった。私は部屋の明かりを付けようとして― ―常夜灯にしておいた。
すると、寝室の方でガタッと物音がし、クローゼットが開く音がする。少しして寝室の扉が開き、目をこすりながら吸血鬼くんがリビングに現れた。うーん、かわいい。
「お腹空いた……」
「おはよー。採血キット届いたよ」
私の言葉に、吸血鬼くんはハッとした顔をすると、すぐに側へ寄ってきた。私は、「よし」と腕まくりした。
二の腕を駆血帯で縛って、左腕の肘の裏をサッと消毒した。採血キットから取り出した注射器を、躊躇いなく自分の血管に刺す。ほんの少しチクッとした。自分で自分の腕に刺すのは初めてだけど、いつも患者さん相手にやっている。慣れたものだ。
吸血鬼くんは、注射器に血が溜まっていく様子を食い入るように見つめていた。
少しして、充分に血が溜まってきたので、私は吸血鬼くんに確認する。
「これくらいでいいかな。……コップとかに入れて飲む?」
吸血鬼くんはこくりと頷く。私は腕から針を抜き、戸棚から適当なマグカップを取り出すと、自分の血を注いだ。
「どうぞ」
吸血鬼くんに血の入ったマグカップを差し出すと、彼は奪うように手に取って一気に煽った。飲み終えると、ペロリと口元を舐める。赤くてギラついた舌だった。一瞬、満たされた獣のような姿に少しドキッとする。それから、小さく息をついた。
「……腹が膨れた」
ほんの少し、目つきが柔らかくなる。かわいい。私もほっとした。
「そう。なら良かった」
吸血鬼くんは、何か言いたげにもじもじとした。上目遣いにこちらを見上げてくる。その顔を見ていたら、つい笑顔になってしまった。
「ふふっ。やっと顔色良くなったね」
「……うん」
採血キットを片付けようとすると、吸血鬼くんは慌てたような顔をする。
「待て。片付けは私がやろう。お主は座っておれ」
「え。でも針とかあって危ないよ?」
「しかし」
「……あ、じゃあ普通の洗い物の方をお願いしようかな。こっちは私がやるから」
「分かった」
素直に頷くと、吸血鬼くんはキッチンへ向かい、溜まった洗い物を文句も言わず片付け始めた。なんていい子なの。
さて。採血キットの方は、衛生的に考えて何度も使うのは良くない。どうしたものかと外箱の説明を読んで確認したら、購入元に返却すればいいらしい。ある程度溜まったらまとめて返却することにしよう。洗面台で軽く洗い、余っていた百均のプラケースの中に片付けた。
その間に吸血鬼くんは、朝から溜まっていた洗い物も含めてまとめて全部片付けてくれた。手際が良い。
「ありがとう、吸血鬼くん」
私がお礼を言うと、吸血鬼くんはムッとした。……なんで?
「私は吸血鬼ではない。あんな西洋の化け物どもと一緒にするな」
「えっ、そうなの? 血を飲むって言うから、吸血鬼だとばかり思ってたよ」
「違う」
吸血鬼じゃないなら何なんだろう。冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぎながら考える。
……あれ? ていうか。
「そういえば名前を聞いてなかった。なんていうの?」
「久遠院夜行」
「くお……?」
「久遠院夜行だ」
「長いなぁ。やっくんとかでいい?」
「おい……はぁ。全く」
呆れた顔をしてため息をついてから、こちらに目を向けてくる。
「……お主の名は」
「千春だよ。佐伯千春」
「……千春」
噛み締めるように言う。
「うん。よろしくね」
ふと窓の外に目をやると、外はすっかり暗くなっていた。やっくんがいると思って、まだ買い出しを済ませていなかった。面倒だけど、これから行かないといけない。
「冷蔵庫の中が空っぽなんだ。ちょっと買い出しに行ってくるね」
上着を着て帽子を被り、スマホと財布とエコバッグを手に取る。すると、やっくんが慌てたように側に来た。
「私も共に行こう」
「え、いいのにー。家でゆっくりしてなよ」
「女子一人で夜道は危険だ」
昨日『血を寄越せ』って迫ってきたやっくんが言うこと?
まあいいや。一緒に行くことにした。
二人で家を出て、鍵を閉めた。
▼続きはこちら
▼前の話はこちら



コメント