違和感しかない。
ディートリヒの「神殺しの剣」に続き、今度はラミーヌ家からもう一人、気になる人物が公開された。
ファビオという人物である。
一見すると新キャラクター紹介なのだが、プロフィールを読めば読むほど疑問が増えていく。
今回は結論ではなく、
「現時点で浮かび上がっている疑問」
を整理してみたい。
① ラミーヌ家なのにディートリヒと面識がない
まず最初に目につくのがこれだ。
ファビオもディートリヒも肩書きはラミーヌ家。
それにもかかわらず、「同郷だが、元々面識はない」と書かれている。
普通なら「同郷」で十分なはずだ。
なぜわざわざ「面識はない」と説明したのだろう。
本家と分家なのか。
それとも、それ以外の理由があるのか。
② セイロス聖教会は海外へ宣教師を送っていたのか
さらに驚いたのは、「遠いフォドラの地からやってきた、セイロス聖教会の宣教師」という肩書きである。
『風花雪月』で描かれたセイロス教は、フォドラという秩序を維持する宗教という印象が強かった。
もしこの時代から海外へ宣教師を派遣していたのなら、私たちが思っていた以上に活動範囲は広かったことになる。
③ 「獣」と呼ぶ価値観
ファビオは、他人を「獣」と呼んで見下す癖があるという。
この表現にも違和感がある。
単なる性格付けなのか。
それとも、人間を下等な存在と見る思想なのか。
『風花雪月』の世界では、「獣」という言葉自体が特殊な意味を持っているだけに気になる。
④ 本当にラミーヌ家の人物なのか
ここからは完全に仮説である。
もしファビオが途中で誰かに成り代わられていたとしたらどうだろう。
ラミーヌ家を名乗れる。
ディートリヒとは面識がない。
価値観にも違和感がある。
セイロス教会へ自然に入り込める。
もちろん現時点では証拠はない。
だが、一つの可能性としては考えられる。
⑤ 目の色にも意味はあるのか
個人的に、目の色や視線の向きにも少し引っかかるものがある。
単なるデザインなのか。
それとも血筋や勢力を示す演出なのか。
今はまだ判断できない。
⑥ ディートリヒとの対比
ディートリヒもフォドラ出身。
ファビオもフォドラ出身。
どちらもラミーヌ家。
なのに面識はない。
公式は、この二人を意図的に並べようとしているようにも見える。
⑦ ラミーヌ家そのものが鍵なのではないか
そして一番気になるのはここだ。
先日公開されたディートリヒは、「先祖が残した神殺しの剣」を所持していた。
さらに今回公開されたのは、同じラミーヌ家の宣教師。
偶然にしては、ラミーヌ家だけ情報量が多すぎる。
この家系には、『万紫千紅』全体へ繋がる秘密が隠されているのではないだろうか。
ここまでの内容は、すべて公式プロフィールから読み取れる違和感である。
では、この違和感を一本の仮説として繋げるとどうなるだろうか。
妄想
ここからは完全に私の妄想になる。
風花雪月では、闇に蠢く者が完璧に人間に成り代わっていた。
だがこのファビオが仮にやみうごが成り代わった存在だとすると、あまり完成度が高いとは言えない。
もしファビオの違和感が意図的な演出だとすれば、やみうごの成り代わり技術がまだ発展途上で、完全には擬態できていない時代なのかもしれない。
現時点での結論
今のところ、断定できることは何もない。
だが、
- なぜ面識がないのか。
- なぜ宣教師なのか。
- なぜ「獣」と呼ぶのか。
- なぜラミーヌ家なのか。
これだけの疑問が一人のキャラクターに集中している以上、単なる脇役紹介とは思えない。
発売後、この違和感がどう回収されるのか。
あるいは、私がただの狂人だったのか。
それは、発売日になれば分かる。
……まだ発売していない。



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