第4話 手料理

座っていろと言われたものの、私は様子が気になり、やっくんの少し後ろに立って手元を覗き込んでいた。

やっくんは、水切りカゴに伏せてあった片手鍋を手に取り、水を入れた。それから鍋をガスコンロの五徳に乗せて火をつけようとする。だが、勝手が分からないようで少し手間取っている。私は側に寄って声をかけた。

「そこを少し押すと火がつくよ」

やっくんはちらりとこちらを見た後、言われた通りに点火つまみを押す。チチチ……と音がして、火がついた。やっくんは目を見張った。

「ほう……。これは便利だな」

「やっくん、なんで料理できるの?」

やっくんは、鍋に切った野菜を入れながら口を開く。

「昔、和尚に教わった。家事は一通りこなせるぞ」

「そうなんだ」

和尚ってことは、昔はお寺に住んでたのかな。

「……分からないことがあったら聞いてね」

「うむ」

私はソファーに座って、スマホを手に取った。

まずは、さっきスーパーからの帰り道で聞いた『のぶすま』で検索。

『野衾』

日本の民間伝承に登場する妖怪。長い年月をかけて蝙蝠が変化したものと信じられていた。

蝙蝠! なるほど。やっくんは蝙蝠なのか。

次は『蝙蝠 食べ物』で検索してみる。

これは種類によって様々のようだが、虫を食べる種もいれば、果実や花粉を食料にする種、そして、吸血をする種がいるらしい。

なるほどね。昨日はプリンを美味しそうに食べていたし、さっきはスーパーで果物に反応していた。甘いものが好きなタイプらしい。

あと、昼間にずっと寝ていたのは夜行性だからか。クローゼットの中に入っていたのは、蝙蝠がよく住処にしている洞窟のように、狭くて暗いから落ち着くということだったのだろう。すごく納得した。

「千春、ちょっといいか」

私はスマホをテーブルに置いて顔を上げ、ソファーから立ち上がる。

「なぁに?」

側に寄ると、やっくんはタッパーに入ったレバーを見ていた。

「この肉は見たことがない。処理方法が分からぬ」

「ああ。これはね、血合いをとって水で洗うんだよ」

私はやっくんから包丁を借りると、刃で血合いを取り除き、ボウルにレバーと水を入れた。水を換えながら何回か洗う。

「こんなかんじ」

「なるほど、覚えたぞ。……ところで、これは何の肉なのだ」

「鶏だよ。鶏の肝臓」

「……臓器か。今の時代、人は内臓も食すのだな」

「普段からよく食べるわけではないけどね。さっき採血したから。貧血にいいんだよ」

「……そうか」

洗ったものをボウルに入れて塩で揉む。

「少し置いたらまた洗って、水分を拭き取ったらあとは普通に焼くだけ」

「分かった」

やっくんは、ガスコンロの下の収納からフライパンを取り出した。いつの間にか調理器具の場所を把握している。本当に有能だ。

見ると、片手鍋にはすでに完成した味噌汁がある。具材は、小松菜と長ネギと豆腐。その横の鍋では大根が煮られている。そしてこの後、レバーを焼く。この短時間でこの品数。……いや、普通にレベル高すぎないか!?

「やっくんすごい! 家事完璧すぎ!」

「当然だ」

やっくんは誇らしげに胸を張る。

「か、かわいい……!」

「かわいいって言うな」

その後、洗ったレバーの水気をキッチンペーパーで拭き取り、塩を振ってフライパンで焼いた。ポッカレモンをかけたら完成だ。

ごはんは、保温してあったものを盛り付ける。

やっくんは「米はそこにあったのか」と驚いていた。

「やっくんも食べられるの?」

「食べられるが、腹は膨れぬ」

「あはは。それでもいいよ。一緒に食べよ」

やっくんの分を少なめに盛り付ける。元彼がうちに来た時に使ってた食器、まだ捨ないでいてよかった。

出来上がった料理をリビングのテーブルに並べ、向かい合わせに座って手を合わせた。

「「いただきます」」

まずは味噌汁から口付ける。おいしい。めちゃくちゃおいしい。顆粒だしなんて使っていないはずなのに、どこか懐かしい味がした。

「……おいしい!」

「当然だ」

大根の煮物も、しっかり味が染みてほろほろで美味しかった。なんだか、昔おばあちゃんが作ってくれたやつを思い出す。

そしてレバー。普通に美味い。焼いて塩振ってポッカレモンかけるだけで美味い。これは神。

やっくんの方を見ると、きちんと正座して綺麗な所作で食べていた。味噌汁も煮物もごはんも、しっかり食べている。でも、レバーには口をつけていない。

「……それ、食べないの?」

そう尋ねると、やっくんはレバーを箸で取って少し匂いを嗅いで、眉をひそめた。

「……これはちょっと、匂いがキツい」

「えー。でも血は飲むのに?」

「それとこれとは別だ」

結局、やっくんの分のレバーは全部もらって食べた。せっかく美味しいし、残すのはもったいないので。

食後、デザートにリンゴを切ってあげた。やっくんは一切れ一切れ大事そうに口に入れて、顔を綻ばせていた。その姿を見て思わず笑ってしまう。

私はたぶん、今後スーパーに行った時には必ず果物をカゴに入れるだろう。間違いない。




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この記事を書いた人

元個人事業主。
関係性オタクであり因果律職人。
成立しない関係を、成立させてしまう物語。
救いより納得。
読むと、脳が焼けます。
構造分析×FE考察×一次創作
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