第5話 蝙蝠のいる暮らし

リンゴを食べ終わった後、やっくんはすぐに台所に立って洗い物を片付けてくれた。

「すぐに片付けた方が楽だぞ」と言って。……分かってるけどできないんです。それを当たり前のようにやるやっくんが、すごいなと思った。

食器を洗ってもらってる間、シャワーを浴びてしまおうかと一瞬迷う。でも今日は朝に浴びたし、明日になってからでいいか。

そして気づく。やっくんは、お風呂に入るんだろうか。

スマホを取り出して調べてみると、蝙蝠はとても綺麗好きらしい。飛びながら水浴びをすると書いてあった。実際やっくんを見ていてもけっこう小綺麗にしているし、家事や料理への取り組み方を見ても、綺麗にするのが好きなんじゃないだろうか。

やっくんが洗い物を済ませてリビングに戻ってきたので、直接聞いてみることにした。

「やっくんはお風呂に入るの?」

やっくんはきょとんとした顔をした。

「おふろ?」

「お湯で、体を綺麗にするやつだよ」

「……湯屋のようなものか。自宅にあるのか。すごいな」

私は立ち上がり、「こっちだよ」とやっくんを案内した。

ところが、脱衣所に入ったところで、やっくんは突然大きく後ろに後ずさった。

「え、どうした?」

「……そこに何かいた」

……まさか、Gでも出没した? おそるおそる周りを見回す。でも、何も見当たらない。

「どんなのが見えたの?」

「黒くて大きいの……」

黒くて大きい?

ふと横を見ると、洗面台の鏡の中に、ロングヘアを雑にまとめただけの女の姿……要するに私の姿があった。なるほど、これか。

「やっくん、安心して。たぶん自分の姿が鏡に映ってびっくりしただけだよ」

「自分の姿……?」

やっくんがおそるおそる脱衣所の方に戻ってくる。そっと中を覗き込み、鏡の中の自分の姿を見た。鏡の中で、黒っぽい癖っ毛から飛び出した先の尖った耳がぴくりと動いた。赤銅色の瞳が、ぱちくりと瞬きをする。

やっくんがおそるおそる鏡の前で右手を上げると、鏡の中も同じように動く。

「……」

ゆっくり右手を下ろす。鏡の中も同じように下ろした。

「…………そういうことか。こんなに大きいものは初めて見たな」

「小さいのは昔からあったの?」

「ああ。取手のついた柄鏡というものがあった」

柄鏡、か。たぶん手鏡みたいなものだったんだろう。

やっくんが、脱衣所から浴室の中を覗き込む。シャワーを浴びている間寒くないようにと換気扇のスイッチを切ったら、「風が……消えた!?」とまた驚かせてしまった。

使い方の説明をするのに、浴室の中に入る。

「ここを捻るとお湯が出るよ。こっちがシャワー、こっちがカラン」

実際にシャワーを出してみせると、やっくんは目を見開いた。

「雨……?」

感想に笑う。

「これは、私が使ってる石鹸とシャンプー。……体洗うやつと、頭洗うやつ。使っていいよ」

「あ、ああ……分かった」

やっくんが体に巻いていた黒い布を外す。布の下にも黒い服を着ていた。作務衣だった。……ところどころ砂埃で汚れている。

「それ、一緒に洗濯しようか?」

「……いいのか?」

「うん。……あ、でもそしたら着るもの無くなっちゃうか」

少し考える。やっくんに目を向けると、自分よりもほんの少し背が低い。それに、肩周りも華奢に見えた。……普通に私のTシャツ着れそう。

私は寝室へ向かい、クローゼットから部屋着のTシャツと短パンを取り出す。……さすがにパンツはない。あとでAmazonで注文しよう。

脱衣所へ戻り、やっくんにTシャツと短パンを手渡した。

「はい、着替え。使っていいよ。……あ、あと脱いだ服はこの洗濯ネットに入れてね」

「分かった。……助かる」

脱衣所の戸を閉める。

少しして、中からシャワーの音が聞こえてきた。よかった。ちゃんと使えてるみたい。

リビングに戻り、スマホを手に取る。

やっくんのパンツを注文しようと検索してから、もしかすると下着の好みがあるかもしれないと思い至り、そっとアプリを閉じた。

リビングでそのまま待っていると、少し時間を置いて、脱衣所の戸が開いた。

脱衣所から現れたやっくんは、濡れた髪をぎこちなくタオルで拭いてる。黒い癖っ毛は束になって跳ねていた。貸してあげた私のゆるいTシャツは、同じようにゆるくちょうどいいサイズ感だったし、短パンもちゃんと履けていて全く問題ない。黒い布を外すと体の華奢さが際立ち、先ほどの作務衣姿とは違って、なんだか普通の子供みたいな印象だ。そして何より--

(か、かわえぇ……!)

彼女に自分のワイシャツを着せる男って、いつもこんな気持ちを味わっているんだろうか。

やっくんは怪訝そうな顔をする。

「……何だ」

「いやその……似合ってるね」

「そうか」

なんというか、黒い布を取ると一気に少年感が増す。落ち着いてるから大人なのだとばかり思っていたけど、もしかして本当に子供だったりして。

……大丈夫? 犯罪じゃない?

「……やっくんって何歳なの」

「二百五十歳だ」

「にひゃ!?」

理解が追いつかない。でもとりあえず、犯罪ではないことは確定した。ほっと息をついた。


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この記事を書いた人

元個人事業主。
関係性オタクであり因果律職人。
成立しない関係を、成立させてしまう物語。
救いより納得。
読むと、脳が焼けます。
構造分析×FE考察×一次創作
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