◾️あらすじ
理解できない。
理解できないから、帰れない。誰にでも優しく。
感想は前向きに。
人に嫌なことはしない。
それが、この村のルールだった。
理想を信じる村長と、その姿を見続ける観測者。
何も解決していないはずなのに、なぜか人は立ち上がる。
これは、理想を信じる人間と、それを理解できない観測者の物語。
村の門は今日も開いていた。
閉じているところを見たことがない。
書きたい人なら、どんな人でも、どんなジャンルでも受け入れる。
それが、この村の流儀だった。
いつものように門をくぐり、僕は中へ入った。
広場には人がいた。
何人かが輪になって話している。
笑い声が聞こえる。
少し離れた場所では、誰かが紙を片手に熱心に感想を語っていた。
それを聞いている人も楽しそうだ。
ここは本当に、幸せそうな村だ。
(……相変わらずだな)
「あ、観測者!」
よく知った声に、後ろを振り向く。
案の定、村長がいた。
彼女は元気よく、こちらへ駆けてきた。
「また来たの?」
「うん」
「……ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんと食べてるの? ……ほら、寄っていきなよ」
村長はそう言うと、僕の腕を掴んだ。
昔からそうだ。
誰にでも優しい。
……だから困る。
家に招かれる。
村長は、部屋の隅に置かれた木箱の中から、いくつか野菜を取り出した。
大きさも、形も不揃いな野菜たち。
--この村は時給自足だ。
村人たちは、午前中は畑仕事をし、午後から執筆をする。
夜は、感想交換所に集まる。
物語を書きながら村人たちで協力し合い、食べ物を分け合って暮らしているのだ。
村長だけは、作家として仕事をしている。
村で手に入らないものは、村長が作家として稼いだ金で買い入れる。
村人たちはその代わりに野菜を分ける。
この村は、そういう仕組みで成り立っている。
村長は、慣れた手つきで食材を切ると、鍋に入れて火にかけた。
食材に火を入れながら、口を開く。
「ねぇ、聞いて。また新しい施設を作ったの」
「……何?」
僕がそう尋ねると、村長は嬉しそうに笑う。
「依頼所っていうの。書いてほしい人と、書きたい人をつなげる場所なんだよ」
……なるほど。
また増えたのか。
僕は窓の外を見た。
感想交換所。
集会所。
二次創作館。
相談室。
そして、依頼所。
村は、来るたびに施設が増えて大きくなっていた。
「……君さ」
「何?」
「どこまで増やすつもりなの」
村長は少し考えた後、当然のように答えた。
「増やせるところまで、かな」
「皆んなのために?」
「うん。何でも思いついたことをやってみたいの」
僕は思わず吹き出してしまった。
本当に、この人の考えることは理解できない。
食事を終えて、外に出る。
村長が施設を見てほしいと言うので、ついていく。
すれ違う人みんな、元気に挨拶してくる。
この村では、皆元気に挨拶をする。
ポジティブな感想を言い合う。
人に嫌なことはしない。
それが、この村のルールだった。
村人たちは律儀にそれを守っていた。
二人で、依頼所を訪れる。
依頼所は空だった。
「……ここはどういう施設なの」
「書いてほしい人と、書きたい人を繋げるんだよ」
「……それって、どういうこと?」
「書いてほしい人が、お金か現物を渡して書きたい人にリクエストするんだ。私も書く」
そこまで言って、村長は小さく息を吐いた。
「……でも、誰も来ないんだー。何でだろう? 皆んなのためになると思ったんだけどな」
「そうかな」
「そうだよ」
村長は首を傾げる。
「書いてほしい人もいるでしょ?」
「いるだろうね」
「書きたい人もいるでしょ?」
「いるだろうね」
「だったら、いいと思ったんだけどな」
僕は空っぽの部屋を見渡した。
誰もいない。
机も椅子も綺麗なままだ。
「……君は」
思わず口を開きかける。
君は、本当にそれでいいのか。
利益も出ない。
村も豊かにならない。
ただ、人が喜ぶだけだ。
でも。
それ以上、言葉は続かなかった。
依頼所を後にして歩いていると、広場の端で、一人の村人が膝をついていた。
泣いている。
村長も気づいたらしい。
「あれ?」
彼女は小走りで駆け寄った。
「どうしたの?」
「……書けないんです」
村人は涙を拭う。
「続きを書かなきゃいけないのに」
「何を書いても駄目で」
「誰にも読まれないし」
「もう、やめた方がいいのかなって……」
村長は少しだけ考えた。
そして、笑った。
「大丈夫だよ」
村人が顔を上げる。
「あなたなら書ける」
「でも……」
「書けるよ」
村長は断言した。
「だってあなたの物語、面白かったもん」
「私、続き読みたいし」
「他にも待ってる人、いるでしょ?」
村人は黙った。
「だから頑張ろう」
しばらくして。
村人は袖で涙を拭った。
「……ありがとうございます」
そして立ち上がる。
「私、もう少し頑張れそうです」
村長は嬉しそうに笑った。
僕は、その光景を見ていた。
--理解できなかった。
村長は何も解決していない。
技術も教えていない。
問題も解決していない。
なのに。
どうしてあの人は立ち上がれたんだろう。
夕方。
村の門の前に、村長と二人で立っていた。
「もう帰っちゃうの?」
「うん。……ご飯、ありがとう」
僕は、懐から包みを取り出す。
「……これ、少しだけど。村の生活の足しにして」
村長は笑顔を浮かべると、素直に受け取った。
「ありがとう! ほんと助かるよ」
それから、少しだけ視線を落とす。
「……観測者も、ここに住めばいいのに」
ぽつりと、そう言った。
「いや、いい」
「どうして? まだ住む家はたくさん空いてるのに」
「……見てる方が面白いんだ」
僕の言葉に、村長はふっと笑う。
「そっか。……変な観測者」
村長は、お金を仕舞いながらふと口を開いた。
「……そういえば観測者、どうしていつもお金くれるの?」
「…………」
「別に、強制してないよ?」
「そうだね」
「じゃあ、どうして?」
僕は、少し考える。
窓の外。
依頼所。
感想交換所。
集会所。
畑。
村人たち。
そして、村長。
「……村がなくなると困る」
僕の言葉に、村長は笑い出す。
「何それ」
「何って……そのままの意味だよ」
「そっか。村が好きなんだね」
「違う」
「じゃあ……もしかして私?」
「……違う」
「ふふ。……本当に、変な観測者」
村長はそう言って笑った。
僕は、何も答えなかった。
村を出て少し歩いた後、振り返る。
村長の姿は、もうなかった。
……あの人は、なぜあんなに人のためにやれるんだろう。
なぜ、信じられるんだろう。
理解できない。
理解できないから。
だから僕は、きっとまたこの村を訪れる。


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