「作家に必要なのは完結する力だ」という話を目にすることがある。
たしかに、それはその通りだと思う。
どれだけ面白い設定を考えても、どれだけ魅力的なキャラクターを作っても、最後まで辿り着かなければ、物語は完成しない。
実際、途中で止まってしまう作品はたくさんある。
だから「完走しろ」という助言自体は間違っていない。
ただ、私は少し違うことを考えていた。
完走しろと言われて完走できるなら、最初からやっているのではないか。
私は書いていて作品が止まることはない。
むしろ、止まらなすぎて少し困っている。
頭の中には常に次の話があり、次の世界があり、次の関係性がある。
今もストックがいくつも並んでいる。
だから正直に言うと、「どうして途中で止まるんだろう」と思っていた。
だが最近になって、その理由が少し見えてきた気がする。
たぶん、燃料が違うのだ。
創作を続けるためには、何かしらの燃料が必要になる。
感想。評価。ランキング。PV。読者の反応。
それらはとても強力な燃料だ。
実際、多くの人はそこから力をもらって書いている。
それ自体は悪いことではない。
人間なのだから当然だ。
ただ、その燃料に依存している場合。
供給が止まると、作品も止まる。
では、反応がなくても書いている人は何を燃料にしているのか。
私の場合、評価を燃料にしていない。
私が見ているのは関係性、そして構造だ。
この二人をこう配置したらどうなるのか。
この価値観と価値観をぶつけたら何が起こるのか。
この構造なら読者はどこで焼けるのか。
自分で組み立てて、自分で観察して、そして自分で焼かれている。
少し変だとは思う。
PVも見る。
だが、見ているものが少し違う。
PVが増えても、「嬉しい」ではなく、「なぜ増えたのか」。
導線が上手くいったのか。
プラットフォームや客層と噛み合ったのか。
物語が刺さっているのか。
仮説を立てて、検証する。
当たると、嬉しい。
順番としてはこちらが近い。
ではもし仮に、明日から反応がゼロになったら、どうなるだろう。
PVゼロ。感想ゼロ。ブックマークもゼロ。
それでも私はたぶん書く。
もちろん原因は調べる。
何が起きたのか分析する。
構造を疑う。
タイトルを疑う。
導線を疑う。
だが、書くこと自体は止まらないと思う。
なぜなら私の興味は、評価そのものではないからだ。
だから私は思う。
完走できない人は、意志が弱いのではない。
「もっと頑張れ」と言われても難しい理由は、問題が根性ではなく、燃料だからなのだと思う。
評価を燃料にしている人に、「評価がなくても書け」と言うのは簡単だ。
だが、それはガソリン車に軽油を入れろと言っているようなものかもしれない。
まず見るべきなのは、自分が何を燃料にしているのか。
そこなのではないだろうか。
私はたまたま、関係性と構造を燃料にしていた。
だから続いているだけだ。
完走する力より先に、その燃料の正体を知ることの方が、案外大事なのかもしれない。
そう考えると、完走できる人とできない人の差は意志の強さではなく、燃料の違いなのかもしれない。
もし今、途中で止まってしまう作品があるなら、「自分は意志が弱いんだ」と責める前に、一度、自分が何を燃料にしているのかを考えてみてもいいのかもしれない。
評価なのか。読者との交流なのか。世界観を組み立てる楽しさなのか。キャラクター同士の関係性なのか。
燃料が分かれば、補給の方法も見えてくる。
完走する力とは、根性だけではなく、自分のエンジンを理解することでもあるのだと思う。
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