「歪みを引き受ける役が不在になると何が起きるか」
ファイアーエムブレムifには三つのルートが存在する。
その中でも透魔王国ルートは、if全体の解答編の位置付けで、他の二つのルートと異なる点が多々ある。
中でも、他の二つのルートでは終盤まで生き残るはずの敵役が、早々に退場してしまう展開は、ifの世界観を構造的に守る上で致命的であったと言える。
今回は、歪みを引き受ける役が不在となった世界で、
物語とシステムの両面に何が起こったのかを整理していく。
透魔王国ルートの主な特徴
ファイアーエムブレムifの
透魔王国ルートを構造的に見ると、だいたい次の特徴が並ぶ。
① 世界そのものが異常
・国が地上に存在しない
・呪い・禁忌・正体不明の力が常態化している
・歴史や制度が語られない/語れない
→ 世界が説明不能な状態から始まっている
② 物語上の「敵役」が早期退場する
・他ルートでは終盤まで存在するはずの存在が途中で消える
・対立構造が途中で宙に浮く
→ 歪みを集約するはずの焦点が失われる
③ 王族・国家・思想による整理が行われない
・白夜・暗夜のような価値観対立が成立しない
・正義/悪の軸が曖昧
・主人公の選択も比較対象を失う
→ 判断基準が世界側から提示されない
④ キャラクターが説明しきれない
・世界の正体を語れる人物がいない
・語るべき情報がキャラクターの容量を超えている
→ 言葉による説明が破綻する
⑤ その結果、マップが語り始める
・特殊地形
・視界制限
・強制ギミック
・不自然なルール
→ 「ここはおかしい世界だ」という説明を、
システム側が肩代わりする
⑥ プレイヤー体験としての疲労感
・難しいというより「しんどい」
・戦術的楽しさより処理感が勝つ
→ 物語が処理できなかった歪みを、
プレイヤーが引き受ける構造になる
ギュンターという“なり損ねた装置”
ストーリー終盤、ギュンターが透魔王と名乗り出た時、唖然としたプレイヤーは多いのではないだろうか。
本来であれば、透魔王という存在があることや、そこへ至る経緯、何を引き受け、何を失ったのかを、物語側が段階的に処理すべきだった。
だが、でもそれをやらなかった…いや、できなかったため、ギュンター個人に一気に背負わせて、肩書きで済ませることとなった。
結果、「説明が足りない」ではなく、
「負債の出し方が急すぎる」状態になり、
読者は置いていかれることとなった。
このシーンは、
ギュンターが悪いわけでも、設定が弱いわけでもない。
「歪みを引き受ける役の描写工程が省略された結果の事故」であった。
実際、ギュンターには
歪みを引き受ける役としての素質はあった。
主人公を導く立場にあり、
世界の裏側を知っていそうな位置に配置され、
忠誠と喪失を背負った過去も用意されている。
しかし、それらが物語の中で段階的に積み上げられることはなかった。
透魔王という肩書きは、
歪みを引き受けた証明ではなく、
引き受けたことにするための代替処理だった。
マクベスとの決定的な差
マクベスでは、
世界の歪みは最初から一人の人物に集約され、
その過程と変質が段階的に描かれていく。
一方で透魔王国ルートでは、
歪みを引き受ける役が不在のまま進行し、
最終局面でギュンター個人に
肩書きとして一気に押し付けられた。
両者の差は、
誰が歪みを引き受けたかではなく、
それを引き受ける過程が描かれたかどうかにある。
結論
歪みは、誰かが壊れることでしか回収できない。
透魔では、それが起きなかった。

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