一次創作『ラクリマ・ディアの連結子』第三章です。
護衛と魔導士。 二人で旅をしている。
旅の中で、関係と距離が少しずつ変わっていく。
でも、それが何なのかは、まだわからない。
◾️あらすじ
王都へ向かう旅路の中で、
二人は一定の距離を保っていた。だが、その均衡は唐突に崩れる。
離れれば不安になる――
そんな不完全な状態の中で、
二人は距離を縮めることを選んだ。関係は成立しない。
それでも距離だけは、確かに近づいていく。
マレディアを出て、歩いて二時間ほどの場所にある隣町へ向かっていた。
ハルモンがいつも宿を取っていた街。
ここも、通い慣れた道だという。
俺は、ハルモンの背の大きな鞄を見ていた。
いつも背負っている鞄。
だが、今は病み上がりだ。
数日前に倒れたばかりでもある。
俺は、ついにこう口にした。
「ハルモン。その鞄を俺に寄越せ」
「え?別に、大丈夫だよ」
「無駄に体力を消耗しかねん」
そう言うと、ハルモンは小さく息を吐いた。
「……もう、本当に過保護なんだから」
言いつつも、鞄を背から下ろした。
受け取った荷物は、見た目通りかなりの重量を誇っていた。
だが、問題はない。これも訓練の一環と思えば、むしろ効率がいい。そう思った。
俺とハルモンは、時折雑談をしつつゆっくりと歩き進め、街に到着した。
ちょうど昼時だったので、休憩がてら店に入り食事をすることにした。
「ねぇカライス君。実は今、『体温が0.5度上がる薬』を試しているんだよね。ほんのりポカポカしてるよ」
「……ほう。ポカポカすると、どうなるんだ?」
「風邪予防になるかなーと思ったんだけど。う〜ん……悪くないけど微妙かな。白湯でいい気がする。カライス君も試してみる?」
「いや、俺は別に……」
すると、隣に座っていた男性客が急に話しかけてきた。
「なぁ、いまカライスって言ったか?もしかして、『戻らぬ森の主』を一人で倒したっていう、あの噂の?」
「……まあ」
「本当か!?いやーまさかここで本人と会えるとは!今日この街に来て良かったよ!」
握手してくれ!と手を握られる。
「森が哭いたって話、あれ本当なのか?“獣が泣いたんじゃない。時代が終わった音だった”って……」
そうこうしているうちに、何だ何だと、周りの客たちも集まってくる。
カライスの武勇を話題に、盛り上がる客たち。
ついには店主もやってきて、
「ここにサインいただけませんか!?」
と紙とペンを持ってくる始末。
記念に、店の壁に飾っておきたいらしい。
客たちは、”カライス”がどんな風に立ち回り倒したのか、他にはどんな敵を倒したのか、などを入れ替わり立ち替わり尋ねてくる。
俺は、これまであまり街から出たことがなかった。
なので、自分のしたことと名前が、ここまで一人歩きしているとは思っていなかった。
「……そろそろ時間だよ。もう行こう」
ハルモンは、急にそう言って立ち上がると、机に代金を置き、俺の腕を引っ張ってきた。
「あ、ああ……」
ハルモンに促されるまま立ち上がり、鞄を持ち直す。
そのまま、客たちに手を振られ、見送られながら店を出た。
店の客たちは、また”カライスの武勇伝”の話に花を咲かせることにしたらしい。
「とりあえず、宿に避難しよっか。僕がいつも使ってるところでいい?」
頷くと、ハルモンは俺の腕を引いたまま、そそくさと歩いていく。
まだ早めの時間だったこともあり、宿に客は少なく、すぐに部屋に通してもらえた。
そこそこ広いスペースに、ベッドが二つと、テーブルと椅子が二脚置いてある。
部屋に入ったらほっとして、つい息が漏れた。
ハルモンは窓側のベッドに自分の鞄をドサッと置くと、そのまま倒れ込んだ。
「……カライス君って有名人だったんだね。知らなかったよ」
「……王都では、魔物のことはそれほど話題にならんだろうからな」
無言。
水筒の水を飲んで、テーブルに置いた。
部屋の中は静かで、心地よい空気が流れている。
俺は、ベッドに置かれたハルモンの鞄を、無言で壁側のベッドへ移動させた。
「……ハルモン、こっちに移動しろ。そっちは俺が使う」
「あ、そうだったの?ごめんねー」
俺とハルモンはそれぞれベッドに横になり、疲れを癒すことにした。
しばらく休憩して日が傾いてきた頃、ハルモンがベッドから起き上がった。
「僕、何か食べられるものを調達してくるよ。カライス君はここで待っていてね」
ハルモンはそう言うと、掛けてあった外套を手に取り、扉の方へ歩いていく。
何気なくその様子を見ていたのだが、不意に胸の奥がざわついてきた。
(……なんだ、この感覚は)
ハルモンがドアノブに手をかけたところで、もう限界だった。
「……待て」
「ん?」
ハルモンはこちらを振り返り、不思議そうな顔をしている。
「……あ、何かついでに買ってくるものあった?」
「行くな」
一瞬、間が空いた。
俺は、自分の口から出た言葉に自分で驚いていた。
だが、不安な気持ちが収まらない。
「……理由はわからん。だが、行ってほしくない」
俺はそう言いながら、自分でも気づかぬうちに、ハルモンの外套の端を掴んでいた。
ハルモンは俺を見たまましばらく唖然としていたが、不意に「あ……」と声を漏らす。
「カライス君、もしかして……あの水筒の中身飲んだ……?」
そう言って、部屋のテーブルの上に置かれた水筒を指し示す。
「ああ、飲んだが……まさか……」
「ごめん……薬瓶が足りなくて水筒に入れてたんだよね。疲労回復効果があるけど、副作用で、離れると不安になる薬」
「お前な……それ、失敗作だろ……」
「ほんとごめん!僕、今日はもう出かけないよ。カライス君が落ち着くまで、一緒にいるからね」
ハルモンのその言葉に、不安はすぐに消えた。
……それでいいと思った。
その日の夜、ハルモンは俺が不安にならないよう気遣い、二つのベッド少しだけ近づけて寝ることを提案してきた。
俺は、その提案を拒むことができなかった。
次の日の朝、俺はいつものように日の出とともに目を覚ました。
昨夜はまるで、子供の頃のようにぐっすり眠ることができた。
頭も体もスッキリしており、体の調子がとても良い。
ハルモンのベッドに目を向けると、まだスヤスヤと眠っている。
……素振りでもするか。
素振り、鍛錬の日課を一通りこなし、部屋に戻ってもまだハルモンは寝ていた。
しばらく待って、ようやく目を覚ます。
俺は寝ぼけ眼のハルモンにまくし立てる。
「ハルモン。今後しばらく生活を共にすることになる。だから水筒だとか……紛らわしい容器に薬を入れるな。あと、失敗作は破棄しろ」
ハルモンは俺の話を頷きながら聞いていたが、「でも」と口を開く。
「薬、ちゃんと効いてたでしょ?」
……否定はできなかった。
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