一次創作『ラクリマ・ディアの連結子』の第二章です。
救いは、いつも正しいとは限らない。
人を救うために差し出された手は、 どこまで届き、どこから壊れていくのか。
魔導士と剣士。
二人の関係が、静かに形を変えていく物語。
——その選択が、すべてを変えるまで。
◾️あらすじ
港町マレディアを襲った炎は、
すべてを奪い去った。人々を救うため、ハルモンは力を使い続ける。
その代償として、自らの身体と日常を失いながら。“女神”と呼ばれる存在と、
それを支える騎士。救いは、本当に正しいのか。
その選択が、二人の関係を大きく変えていく――。
五日目の朝、今日も朝食を持ってハルモンの天幕を訪れた。
「ハルモン、起きてるか?入るぞ」
「どうぞ〜」
中を伺うと、ハルモンは体を起こして座っていた。
体調を崩してからずっと下ろしっぱなしにしていた髪が、久しぶりにまとめられている。
そして、手には、紙の束と羽ペンが握られていた。
「……何をしていたんだ?」
「えっとさ、怪我人の治療の時に手持ちの薬がなくなっちゃって、有り合わせの材料をその場で調合したんだけど……それがけっこう効き目が良かったんだ。王都に帰ったらまた試そうと思って、メモしてた」
「そうか。……体調良さそうなら、少し外へ出て歩くか?付き添うぞ」
「うん。ありがとう」
俺は食事をハルモンの近くに置いた。
ふと、寝床の近くに置かれた野花の花束が目に入る。
(“女神様へのお見舞い”か……)
ハルモンに、食事が終わったら声をかけるよう伝えると、外へ出た。
食事の後、ハルモンを連れて天幕の外に出る。
今日はよく晴れており、日差しが気持ちいい。
でもハルモンは「うわっ!まぶしい」と言って、外套のフードを深々と被ってしまった。
「……そういえば、お前が朝に活動してるのを初めて見るな」
「でしょ?療養生活で規則正しい生活に矯正されてしまった。……朝日見たの何年振りだろう」
周りにいた騎士たちが、ハルモンの姿を見つけてこちらへ駆け寄ってきた。
「魔導士様!もうお身体は大丈夫なんですか?」
「はい、お陰さまで。ご心配おかけしました」
「お散歩ですか?無理なさらないでくださいね」
すれ違う騎士たちと挨拶しつつ野営地を歩いていくと、作業中の騎士たちや街の人々が集まってきて、軽く人だかりになってしまった。
ハルモンの功績は、この数日で街中に広まっていた。
彼の姿を見かけた者たちは、皆”女神様”と話してみたくて仕方がないのだろう。
「……ハルモン、平気か?キツかったらすぐ天幕へ戻ろう」
コソッと耳打ちするが、ハルモンは大丈夫だと首を振る。
「いいんだ。…ここではこれも、僕の役目だと思ったから」
ひと通り挨拶を終え、天幕に戻ると、ハルモンは「疲れたから一回寝る」と言い、その日は夕方まで起きてこなかった。
夜。焚き火の近くを通りかかったときに、同僚たちの話声が聞こえてきて足が止まった。
「昼間に話したけどさ、あの魔導士……噂通り綺麗だったな。ほんとに女神様みたいだ」
「……ああ」
「でもよ、あれ……止まらなかったらしいぞ。自分が倒れるまでずっと治療してたって」
「……普通じゃないな」
「普通じゃないけどさ……あの女神様がいなかったら、もっと死んでたのも事実だろ」
「…………」
「……でも、ああいうのってさ、どこかで止まらなくなるんじゃないのか」
「だから何て言えばいいのか分かんねぇけど……助かってほしいよな」
「……ならさ、俺たちで助けたらいいんじゃないか?ほら、昔話でもあるだろ。女神様と英雄の!」
「いいな!でも今の流れだと、英雄はカライスになるんじゃないか?もう女神様専属だろあいつ」
「確かに!それに、実際めちゃくちゃ強いしなぁ」
「それもそうかぁ……。いいなぁカライスは。俺も女神様をお守りしたかった。ほんと綺麗だよなぁ。結婚したい」
「おいおい……お前も知らないのか?」
「何が?」
「俺たちの女神様は男なんだってよ」
「ええっ!?嘘!!あの見た目で!?……いやでも、アリ寄りのアリかも」
話を聞いていて、思わず息が漏れた。
(……全く。あいつは本当に、厄介なものばかり引き寄せる)
俺は無言でその場を離れると、そのままハルモンのいる天幕の方へ迷いなく歩き出した。
六日目の朝、ハルモンのいる天幕を訪れると、今日も紙の束と筆ペンを手に、書き物をしていた。
「調子はどうだ?」
「まあまあかな。あ、カライス君、今日は少しだけ遠出をしたいんだけど……いいかな」
「遠出?なんでまた」
「散歩がてら、薬草の収集をしたくて……」
元気になるにつれてやることがなく、暇になってきたらしい。
「……仕方ないな。でもひとまずは、食事だ。ちょっと量を増やしたから、無理しない程度に食べてくれ」
「はーい!」
食事を手渡すと、外出の許可をもらってくると伝え、天幕の外へ出た。
無事に外出の許可をもらい、ハルモンを引き連れて、街の入り口付近から森の中へ足を踏み入れる。
この辺りは王都との交易経路として整備されている。
警備も行き届いているためほとんど危険はないのだが、念のため剣を携行して行った。
剣を持ち歩くのは、実にあの日の戦闘以来で一週間振りであった。
これほど長い間剣を手放したことは、騎士になってから初めてだった。
ハルモンは、木々の間を歩いては時々しゃがみ込み、使えそうな材料を探している。
「……そういえば、家にはもう連絡は入れたのか?」
そう尋ねると、ハルモンは手を止め、その場に立ち上がるとこちらを向いた。
「実は昨日、《連結子》で連絡があったんだ。……あの火災のことは、王都の方でも話題になっているって。……僕も巻き込まれたと思ったらしい。心配をかけてしまったよ」
「そうか……」
「あと、君のいる騎士団が他と合併するかもって話も、聞いた。……街はこれからどうなるんだろう」
「前線の方はこのまま勝利することが濃厚らしいが……それでも、すぐに復興とはいかないだろうな。……それに……」
言いかけて、少し躊躇ってしまった。
言葉にすると、それが真実になってしまう気がして。
ハルモンは黙って、こちらが話し出すのを待ってくれている。
俺は、ついにそれを口にする。
「……もしこの先復興できたとしても、俺の帰る場所は、もう無くなってしまった」
この場所に吹く風は、昔から全く変わらない、潮の香りのする海風だ。
けれど、以前と同じように感じることは、もう二度とできない。
しばらく二人は黙り込んでいたが、「でも」とハルモンは口を開く。
「君は戻ってきた。……これからは、自分で選ぶことができるんだよ」
(自分で……選ぶ……)
俺は、ハルモンの言葉を心の中で反芻した。
この場所に吹く風は、昔から全く変わらない。
潮の香りのする海風。
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