はじめに
「ifはキャラクターのセリフの辻褄が合わない」
「破綻している」
そんな評価を、私は何度も目にしてきた。
それでも、私は「物語は壊れていない」と思った。
ifは、名作だった。
なぜ「名作」と言えるのか
皆が口を揃えるように、たしかに展開は歪んでいる。
キャラクターが説明役になったり、不自然な言動になったりもする。
そして、設定を展開の中で説明しきれず、
最終的に回収されないまま終わる要素も、確実にある。
それでも、「選ぶカムイ」という物語の「核」だけは、最後まで壊れていなかった。
「選ぶカムイ」という物語の核
カムイは、塔の中にずっと幽閉されていた。
やっと出られたと思った瞬間、彼/彼女は、この世界の行末を左右する選択を迫られる。
情報が足りない。
正義もまだ固まっていない。
どちらにも「守るべき理由」がある。
この段階で選ばせるということは「後から後悔する余地ごと、引き受けろ」と言うのと同義だ。
だから、カムイは壊れてしまう。
でも、壊れたまま、選び続けている。
壊れても、免罪されないということ
壊れて暴走もしない。
壊れて免罪もされない。
壊れて世界から切断もされない。
選択の責任だけは、絶対に手放さない。
物語の解決編となる透魔王国ルートの場合、
ゲームは優しい結末を選んだ。
けれど私は、
別の残酷な可能性を想像してしまった。
ifが描こうとした、壮大で届かなかった世界
ifがやろうとしていたことは、きっと本当に壮大なことだった。
でも、残念ながらゲームという媒体では表現しきれなかった。
それでも、描きたかった世界が、随所に残された断片から感じ取れる。
たとえ別の条件だったとしても、
同じ核が成立していただろう。
おわりに
ifは、ゲームという媒体を通じて極上の素材をこの世界に残してくれた。
それは妄想する人間にとって、この上ない価値のある宝石箱だ。
たとえ原作がどれほど歪んでも、
「選ぶ」という核が残っている限り、
その物語は壊れていない。

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