ある日、弟がぽつりと言った。
「最近のFEって、闇落ちキャラ多くない?」
言われてみれば確かにそうだ。
『ファイアーエムブレム覚醒』のルフレは、
世界を滅ぼす存在の器として描かれ、
『ファイアーエムブレム風花雪月」では、
ディミトリが復讐に囚われて狂気に落ちていく。
『ファイアーエムブレムエンゲージ』でも、
主人公リュールには最初から闇の血統が匂わされている。
言われてみると確かに、最近のファイアーエムブレムは
「闇落ち」や「闇の運命」を背負ったキャラクターがやたら多い。
ではこれは単なる作風なのだろうか。
少し考えてみると、
これはむしろシリーズの生存戦略なのではないかと思えてくる。
闇落ちは感情を増幅する
闇落ちという構造は、物語においてとても便利だ。
そこには
• 喪失
• 復讐
• 裏切り
• 絶望
• 救済
といった強い感情が一気に発生する。
例えばディミトリ。
彼が復讐に囚われていく過程を見ると、プレイヤーの感情はかなり揺さぶられる。
つまり闇落ちは
短い時間で強いドラマを作れる装置なのだ。
感情レイヤーの時代
多くの人は物語を
• 世界構造
• 歴史
• 神話
ではなく
キャラクターの感情から受け取る。
重要なのは
• このキャラは可哀想か
• 苦しんでいるか
• 救われるのか
といった部分だ。
闇落ちはこの感情レイヤーに非常に強く刺さる。
だから制作側にとっても扱いやすい。
短いシーンでも
強いドラマを生み出せるからだ。
しかしFEの構造は変わっていない
ただしここで面白いことがある。
ファイアーエムブレムというシリーズは、
もともとかなり神話的な物語構造を持っている。
例えば
• 女神
• 神の血を引く紋章
• 古代文明
• 人と神の対立
こうした要素はシリーズ全体に繰り返し登場する。
『ファイアーエムブレム暁の女神』では
人間が神を倒すという、かなり露骨な神話構造が描かれていた。
つまりFEはもともと
神話の物語なのだ。
神話構造の庭の上に感情ドラマを植える
最近の作品は、この神話構造を捨てたわけではない。
むしろ逆だと思う。
神話構造はそのままにして、
その上にキャラクターの感情ドラマを置いている。
例えば『ファイアーエムブレム風花雪月』。
この作品の世界には
• 女神ソティス
• ナバテア族
• 紋章という神の血
• 古代文明
といった神話的設定がしっかり存在している。
しかしプレイヤーが体験するのは
• ディミトリの復讐
• エーデルガルトの革命
• レアの狂気
といったキャラクターのドラマだ。
つまり最近のFEは
神話構造の庭の上に、感情ドラマを植えた物語なのかもしれない。
闇落ちは神話の翻訳装置
神話の物語にはよく
• 堕落
• 試練
• 贖罪
• 再生
という流れがある。
ディミトリの物語も
王子
→ 狂気
→ 墓前での再生
→ 王としての復活
という、典型的な英雄神話の形をしている。
つまり闇落ちは
神話構造を感情ドラマとして翻訳した形とも言える。
神話の終わり
『ファイアーエムブレム風花雪月』では、
この神話そのものが壊されるルートも存在する。
紅花ルートだ。
そこでは女神の秩序が崩され、
神話の時代が終わる。
長い時間の中で壊れてしまった神、レア。
その神話が終わる瞬間は、
どこか悲しく、そして美しい。
神話は消えていない
最近のFEは闇落ちが多いように見える。
しかしそれは神話が消えたということではない。
むしろ
神話を感情ドラマとして翻訳した結果なのかもしれない。
神話構造の庭の上で、
キャラクターたちは苦しみ、迷い、闇に落ち、そして再び立ち上がる。
その物語を、
私たちは今もプレイしている。

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