これまで私は、「闇に蠢く者」という勢力を
善悪ではなく構造として解体してきた。
彼らは単なる悪役ではなく、
更新できない合理性に支配された文明だった。
役割は固定され、前提は疑われず、
一度動き出した計画は止めることができない。
それは極端に発達した合理性が、
逆に文明を硬直させてしまっている状態だった。
しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。
フォドラには、もう一つの巨大な存在がある。
セイロス教会、そしてその指導者であるレアだ。
彼女もまた、長い歴史の中で世界を歪めた人物として語られる。
ではここで問いを立てたい。
なぜレアとやみうごは、同じような「失敗」をしたのだろうか。
この二つの勢力を並べてみると、
一つの奇妙な共通点が見えてくる。
それは、
どちらも神性に近い存在でありながら、
人間的な失敗をしているという点だ。
ただし、その失敗の方向は正反対だった。
やみうごの失敗
やみうごの特徴は
合理性が高すぎることにある。
・役割が固定されている
・前提を疑わない
・修正の仕組みがない
・一度動いた計画は止められない
つまり彼らは、
更新できない文明だった。
その象徴がタレスである。
彼はおそらく、気づいてしまった人物だ。
この文明が破綻していることに。
しかし、
気づいても止められない。
それが更新できないの文明の恐ろしさだった。
そして、その構造を最もよく体現している人物が、ソロンだろう。
彼は決して愚かな人物ではない。
むしろ理知的で、状況を計算し、合理的に行動する。
しかし前提が崩れた瞬間、
彼は急激に焦り始める。
それは個人の弱さというより、
やみうごという組織の性質そのものだった。
更新できない文明は、
想定外に弱いのだ。
レアの失敗
では、レアの方はどうなのだろう。
やみうごが
合理性によって止まれなかった文明だとすれば、
レアはその真逆、
感情によって進めなくなった存在だったのではないだろうか。
レアは決して「考えなかった」人物ではない。
むしろ逆だ。
彼女は何度もやり直そうとした。
世界を修正しようとした。
歴史を書き換えようとした。
だがその理由は、
強すぎる感情だった。
過去を手放せない。
失ったものを諦められない。
その結果、
彼女は前へ進めなくなる。
「かわいさ」は、失敗した神性
ここで見えてくるのが、
一つの事実である。
どちらも失敗している。
しかし、
失敗の方向が正反対なのだ。
私がこのシリーズで言い続けてきた
「やみうごのかわいさ」とは、
ここにある。
それは単なる好みではない。
神性の失敗が、人間性として現れる瞬間。
やみうごのかわいさ
→ 合理性が高すぎて、人間性が裏返る瞬間
レアのかわいさ
→ 感情が強すぎて、世界を歪める瞬間
どちらも、
失敗した神性だったのだ。
やみうごは合理性の文明だった。
レアは神話の存在だった。
本来なら、どちらも人間とは遠いはずの存在だ。
しかし実際に見えてくるのは、
そのどちらにも、人間がいるという事実である。
合理性の文明の中で焦る者。
神性の中で執着する者。
だから私は、
どちらもかわいいと思ってしまうのだ。
まとめ
やみうごは、考えすぎて止まれなかった。
レアは、感じすぎて進めなかった。
合理性に極端に傾いた文明と、
感情に強く縛られた神性。
どちらも失敗した神性であり、
その中には人間がいる。
技術文明も、
神話文明も、
どちらも限界を迎えていた。
だからフォドラは、長いあいだ歪み続けたのだ。
そしてその歪んだ世界を、
根本から壊そうとする人物が、
やがて現れる。
その人物は、
神でも文明でもなく、
ただの人間だった。

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