タクミからディミトリへ──FEがやり直した感情設計

分岐から始まった物語

ファイアーエムブレムifでは、
正義の相対化や敵味方の再定義といった、
シリーズとしてかなり大胆な挑戦が行われた。

しかし物語は、分岐をまず構造として据え、
その結果として感情の歪みが後を追う形になっている。
この設計では、歪んだ感情が物語の中で持続しにくく、
せっかく丁寧に用意された感情設定を、
十分に活かしきれなかった部分もあったように思う。

回収されなかった感情

タクミは、ファイアーエムブレムifにおいて、
もっとも鋭く「歪んだ感情」を与えられたキャラクターの一人だ。

劣等感、被害者意識、嫉妬、そして
「分かってほしいのに信じられない」という矛盾。
それらは決して唐突ではなく、
彼の立場や経験から見れば、十分に必然性のある感情だった。

しかし、その感情は
物語の中で生き続ける時間を与えられなかった。

タクミの歪みは、
分岐という構造の中で急激に表出し、
そして同じ構造の都合によって回収されていく。
そのため彼の感情は、
変化し、停滞し、こじれ続けるものとしてではなく、
「イベントとして処理される歪み」になってしまった。

ここで失われたのは、
感情そのものではない。
歪みを抱えたまま生き続ける時間であり、
その時間の中で人がどのように壊れ、
あるいは壊れきれずに残ってしまうのか、
という問いだった。

タクミは未完成なのではない。
彼は、物語が最後まで引き受けきれなかった問いそのものだった。

感情から始める設計

ファイアーエムブレム 風花雪月は、
ファイアーエムブレムifと同じく、
複数の正義と分岐する物語を描いている。
しかしその設計思想は、ifとは明確に異なっていた。

風花雪月では、
分岐は物語の起点ではなく、結果として置かれている。
まず描かれるのは、
人が歪み、壊れ、取り返しのつかない選択を重ねていく過程だ。
そして分岐は、その感情の積み重ねの帰結として現れる。

ここでは、
感情が構造に従うのではなく、
構造が感情の後を追う。

そのため風花雪月の登場人物たちは、
歪んだ感情を抱えたまま、
長い時間を生き続けることになる。
怒りや罪悪感は一度きりのイベントでは終わらず、
関係性の中で悪化し、停滞し、形を変えながら持続する。

これは、
タクミの章で回収されなかった問い――
「歪みを抱えた人間は、その後どう生きるのか」
に正面から向き合うための設計だったように思える。

風花雪月は、
ifを否定することで生まれた作品ではない。
ifが提示しきれなかった問いを、
今度こそ逃げずに引き受けるための、
明確な再挑戦だった。

引き受けられた歪み

ディミトリは、
風花雪月における「再挑戦」を、
もっとも明確な形で体現したキャラクターだ。

彼が抱える歪みは、
罪悪感、自己否定、幻聴、そして強い自壊衝動。
それらは一時的な闇落ちとして処理されることはなく、
物語の大半にわたって、彼の選択と行動を縛り続ける。

重要なのは、
ディミトリの歪みが
「敵対の理由」や「悲劇性の演出」として
消費されていない点だ。

彼は、歪みを抱えたまま生き続ける。
正気を失った期間も、
取り返しのつかない行動も、
物語の途中でなかったことにはならない。

それは精神的な歪みに限らない。
彼に残された味覚障害は、
回復が決して完全ではないことを、
身体的なレベルで示している。
それでもなお、生きることを選び、
選択し続ける立場へと移行していく。

これは、
タクミで描ききれなかった
「歪みを抱えた人間が、その後どう生きるのか」
という問いに対する、一つの回答だ。

ディミトリは、
歪みを断罪されることも、
完全に救われることもない。
ただ、物語そのものが彼の歪みを最後まで引き受ける。

その意味で彼は、
ifで未回収のまま残された感情設計が
今度こそ物語の中で引き受けられたことの証明であり、
風花雪月という作品が
「再挑戦」であったことを
最も端的に示す存在だと言える。

辿り着けなかった場所へ

風花雪月は、
「すべてを救える物語」にはならなかった。

だがそれこそが、
ifでは辿り着けなかった地点であり、
ファイアーエムブレムが示した
再挑戦の結論だった。

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この記事を書いた人

関係性オタク。
成立しない関係を、成立させてしまう物語。
救いより納得。
読むと、脳が焼けます。
構造分析×一次創作
添削・相談もやってます。

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