【やみうご構造論Ⅰ】やみうごは、なぜかわいく見えてしまうのか

役割を最初に決めるという思想

やみうごは、合理的で頭がいい。
だから、自分たちの役割を最初に決める。

それは長期的に見れば、
最も効率のいいやり方だった。

ある者は呪術を研究し、またある者は剣術を極める。
そうして何百年、何千年と技術を積み重ねてきた。

失敗を恐れず、倫理を切り捨て、
個体を消耗品として扱うこともできる。
研究組織として見れば、ほぼ最強だ。

実際、彼らは女神の眷属に対抗できた。
紋章石を解析し、
心臓に核を入れるという発想にまで辿り着いている。

それでも、彼らは成功しない。
なぜか。

理由は、その思想そのものにある。

やみうごは、役割を最初に決めてしまう。
そのため、「それでも私はこうありたい」と
自分で意味を決める存在を作ることができない。

そもそも、やみうごは「意味」が外にある文明だ。
価値は勝利すること。
戦いの意味は復讐。
存在理由は女神を倒すこと。

個体は、目的のための形であり、
役割のための器にすぎない。
壊れれば、交換可能な部品として扱われる。

だから姿を変えられるし、自我を削れる。
でもその代償として、
自分で育つ回路が、育たなくなってしまったのだ。

更新不能な組織

そんなやみうごたちだが、
もし、仮に奇跡的に――
心臓に核があり、出力も安定し、
自我も芽生えた「完全成功体」が生まれたら、
どうなるだろうか。

その瞬間、その存在は命令を疑う。
目的を問い直し、
自分で選び始めてしまう。

そして、
やみうごの敵になってしまう。

だから完全成功体は、
存在した瞬間に「失敗」になる。

つまり、やみうごは
絶対に完成することのない、
更新不能な組織なのだ。

やみうごは、悪ではない。
理念があるわけでもない。

ただ、
「正しいことをやっているつもりで、
永遠に完成に辿り着けない構造」
を背負っている。

この思想が、
あまりに美しく、悲劇的で、
かわいすぎる。

完成形としてのクロニエ

更新不能な組織の中で、
クロニエはほとんど完璧な存在だ。

彼女は疑わない。
立ち止まらない。
自分の役割を、ただそのまま受け取る。

「役割を果たすこと」自体に、
小さな満足や幸福を感じていそうな素直さがある。

だからこそ、
彼女は壊れにくい。

やみうごという構造において、
一番不安定なのは、考える個体だ。
一番破綻するのは、気づいてしまった側だ。

その意味で、
クロニエは“救われている”。

彼女は、
完全成功体にならない。
なろうとしない。

だから失敗にならない。

考えなかったからこそ、
更新を求めなかったからこそ、
この更新不能な組織の中で、
一番人間らしく見えてしまう。

やみうごがかわいく見えるとしたら、
それはきっと、
クロニエのような存在が
そこにいるからなのだ。

完成形がいちばん人間らしいという矛盾

やみうごにとっての完成形は、
「自分で意味を問わず、役割を果たし続ける個体」だ。

その完成形が、
人間から見て一番人間らしく映ってしまう。

この逆転こそが、
やみうごという構造のいちばんかわいいところだ。

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この記事を書いた人

関係性オタク。
成立しない関係を、成立させてしまう物語。
救いより納得。
読むと、脳が焼けます。
構造分析×一次創作
添削・相談もやってます。

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