最近、自分のX運用を見ていて、少し変なことに気づいた。
私はあまり「作品宣伝」で人を増やしていない。
むしろ、
- 構造
- 認知負荷
- 読者維持率
- 離脱
- 病変
- SEO
- 「脳が焼ける」
みたいな、妙な思想や観測ログの方が反応されている。
そしてその流れで、「この人、何書いてるんだ?」と作品側へ来る人が発生している。
ただ私はこれ、あまり再現性のあるやり方だとは思っていない。
書き手は忙しい。だから、作品は基本読まれない
これはかなり冷たい話になるのだが、私は創作者TLを、「読み手市場」ではなく、「発信者市場」として見ている。
書き手は忙しい。
みんな自分の創作で手一杯だ。
なので私は基本的に、「作品は読まれないもの」くらいの感覚でいる。
だから作品リンクだけ流しても、正直あまり意味がないことも多い。
もちろん、RTやいいねは付く。
でも、リンククリック率は低い。
これは別に、作品が悪いという話ではない。
単純に、タイムライン消費で終わっている。
だから私は、作品リンクを「読ませるため」というより、「創作していることを知らせるため」に近い感覚で使っている。
その代わり、“変な思想”で止める
では何で人が止まるのか。
今のところ、私の場合はかなり「思想」だ。
- 読み合いは鎮痛剤なのでは?
- 病変位置を特定したい
- 読者維持率を見る
- 2〜3話で意図的に選別する
- タイトル病変
- 自然流入観測
みたいな話をすると、人が集まってくる。
たぶんこれは、「作品」より、「観測してる人間」の方が面白がられている。
だから最近、私は少しずつ、「冬槻ぱきら」という観測者キャラとして認識され始めている気がしている。
もちろん、私は完全に無意識でこれをやっていたわけではない。
作品リンクだけでは止まりにくいことも、“人間側への興味”が入口になりやすいことも、ある程度は最初から分かっていた。
だから意図的に、「作品そのもの」ではなく、「観測している人間」を前面に出していた部分もある。
ただ、それでも成立しているのは、後付けのキャラ作りではなく、もともと私自身がそういう人間だったからだと思う。
ただし、これはかなり危険なやり方だと思う
ここはかなり重要なのだが、私は別に、「みんな作者をキャラ化しよう!」と言いたいわけではない。
むしろ、これはかなり危険寄りの運用だと思っている。
なぜなら、思想がない状態で「思想っぽいこと」を始めると、かなり高確率でボロが出るからだ。
私はもともと、
- Web運営
- SEO
- 物販
- 認知負荷
- 構造観測
みたいなことを延々考えている人間なので、そのまま喋っていたらこうなった。
つまりこれは、後付けのブランディングというより、かなり素に近い。
むしろ少し優しいフィルターがかかっている。
だから再現性は低い。
普通の人が同じことをやると、
- 作品を宣伝しない
↓ - 何してる人か分からない
↓ - 雑談アカウント化
する危険もある。
たぶん私は、「作品」ではなく「観測ログ」を読ませている
最近ようやく分かってきた。
私はたぶん、作品で人を引っ張っているわけではない。
- この人、また変なこと言ってる
- 次は何を観測するんだ
- 今度は何を解剖するんだ
という、“観測ログ”そのものに興味を持たれている。
そしてその結果、「じゃあ、この人の作品ってどんななんだ?」で、作品側へ来る人が発生している。
つまり私は今、「作品を宣伝している」というより、「冬槻ぱきらという観測装置」を運営しているのかもしれない。