なぜこの竜は人間に見えるのか

今回観測した作品には、かなり魅力的な要素が揃っていた。

人間に擬態する竜。

竜にとって特別な意味を持つ白竜。

英雄の血を引く人間。

そして、人外でありながら人間社会で生きようとする主人公。

実際、読み進めるほど面白くなっていく作品だった。

だからこそ、一つ気になったことがある。

主人公が竜に見えないのだ。

もちろん設定上は竜である。

しかし読んでいて感じるのは、どちらかと言えば「少し特殊な人間」である。

なぜそう感じたのだろうか。

人外は設定だけでは人外にならない

創作ではよく、

「主人公は吸血鬼です」

「主人公は魔王です」

「主人公は竜です」

という設定が登場する。

しかし、設定があるだけでは人外にはならない。

読者が見ているのは設定資料ではなく、物語だからだ。

読者は主人公が何を考え、何を当然だと思い、どんな行動を取るのかを見ている。

つまり、人外らしさは説明文ではなく行動の中に現れる。

この作品は人外設定そのものは魅力的だった。

だが序盤では、その異質さがまだ生活の中に十分現れていなかったように思う。

情報としての竜

この作品には竜に関する説明がある。

主人公は竜である。

白竜という存在がいる。

竜には竜の歴史がある。

人間との関係もある。

これらは物語を支える重要な土台だ。

そして実際、後半へ向かうために必要な情報でもある。

ただ、これはあくまで情報である。

読者は理解することはできる。

だが、まだ体験していない。

生活としての竜

私が人外ものを読む時に見ているのは、むしろこちらだ。

何を食べるのか。

何を怖がるのか。

何を美しいと思うのか。

どう愛情を示すのか。

何を当然だと思っているのか。

そういう部分にこそ、その種族の世界観が滲み出る。

例えば人間にとって当たり前のことが、竜には当たり前ではないかもしれない。

逆に竜にとって自然な行動が、人間から見れば恐ろしく映るかもしれない。

そのズレが見えた瞬間、読者は初めて「この存在は人間ではない」と感じる。

父親という違和感の装置

読んでいて特に気になったのが父親だった。

父親は主人公を育てる存在であり、読者にとって最初に触れる竜でもある。

だからこそ、もっと異質でも良かった気がする。

後の話では、かなり苛烈な訓練を行う場面が出てくる。

そこは面白かった。

竜の価値観が見え始めるからだ。

だとしたら、その片鱗をもっと早い段階から滲ませても良かったのではないだろうか。

優しい。

だが何かがおかしい。

常識が微妙に違う。

そういう違和感が積み重なると、父親そのものが世界観の説明役になる。

説明文を増やさなくても、人外らしさを読者へ伝えられる。

白竜が気になる理由

一方で、この作品には先を読みたくなる要素もあった。

白竜である。

私が読み進めている段階では、その正体や役割はまだ見えていない。

それでも気になる。

なぜなら、主人公との対比が見えるからだ。

人間社会で生きようとする竜。

そして竜としての側面を強く感じさせる白竜。

もし白竜が単なる敵ではなく、主人公の未来や本能を映す存在だとしたら面白い。

だから読者は白竜が出てくるたびに、敵としてだけでなく「竜とは何か」を考え始める。

違和感は世界観になる

世界観というと、多くの人は設定を思い浮かべる。

歴史。種族。地理。制度。

もちろんそれも世界観だ。

しかし読者が最初に触れる世界観は、もっと小さい。

会話。食事。教育。価値観。日常。

つまり、生活である。

この作品には魅力的な設定がたくさんある。

だからこそ、その設定が生活の中に滲み出た時、さらに強くなる気がした。

人外は説明で人外になるのではない。

違和感で人外になる。

そんなことを考えさせられた作品だった。

脳が焼けたら、そっと押してください

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この記事を書いた人

関係性オタク。
成立しない関係を、成立させてしまう物語。
救いより納得。
読むと、脳が焼けます。
構造分析×一次創作
添削・相談もやってます。

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