※この記事には『ファイアーエムブレム 風花雪月』および『FE万紫千紅』公開情報に関する考察を含みます。
イシュマールという存在が気になる
『FE万紫千紅』で公開された新キャラクター、イシュマール。
公式では、「神祖ソティスの命を受け、滅びゆくダグザの地に降臨した救世主」と紹介されている。
さらにソティスの紹介文には、「滅亡の危機を迎えた世界に再び光をもたらすべく、その命運をイシュマールに託す。」とある。
ここで気になった。
イシュマールは、一体何者なのだろうか。
人間とは少し違う存在に見える
まず気になるのは、紹介文に使われている言葉だ。
「降臨」
「救世主」
「白鶴の御使い」
普通の人間を紹介するには、どれも少し大げさな表現に思える。
むしろ、神の意思を受け、世界へ遣わされる存在。
そんな印象を受ける。
現時点では、人間なのか眷属なのか、それとも別の存在なのかは分からない。
ただ、少なくとも「普通の人間」として送り込まれた人物には見えない。
『風花雪月』主人公と重なる価値観
もう一つ気になったのが、イシュマールのプロフィールである。
好きなものとして、
- 名も無き小さな花
- 志の高いもの
- 自分の予想を超えるもの
が挙げられている。
どれも『風花雪月』の主人公たちを表しているように見える。
そして特に、最後の一文に引っかかった。
『風花雪月』の主人公たちは、誰もが「与えられた運命」を越えていった。
エーデルガルト。
ディミトリ。
クロード。
そしてベレト/ベレス。
彼らは皆、それぞれ異なる未来を選びながら、神や歴史が用意した道を超えていく存在だった。
「自分の予想を超えるもの」を好むというイシュマールの価値観は、そうした『風花雪月』の主人公像と、不思議なほど重なって見える。
なぜイシュマールは”自分の予想を超えるもの”が好きなのか
ここで、一つ気になることがある。
イシュマールは「自分の予想を超えるもの」を好むという。
神の使いであるなら、本来は神の計画を遂行する側のはずだ。
それなのに、予想外の存在を好む。
なぜだろうか。
私は、この「好きなもの」はゲームを通して明らかになる価値観なのではないかと考えている。
『風花雪月』でソティスは、ベレト/ベレスを通してエーデルガルト、ディミトリ、クロードという三人の未来を見届けた。
彼らは皆、神や歴史が用意した運命を越え、それぞれの道を選んでいく。
そしてソティス自身も、その可能性を否定せず、最後には未来をベレト/ベレスへ託した。
もしイシュマールがソティスの意志を受け継ぐ存在なら、「自分の予想を超えるもの」を好むという価値観もまた、人間の可能性を信じる神の在り方を示しているのかもしれない。
ベレト/ベレスの原型なのだろうか
好みは似ているが、もちろん、イシュマールがベレト/ベレス本人という話ではないと思う。
見た目はむしろ対照的だ。
イシュマールは純白。
ベレト/ベレスは漆黒。
まるで天使と悪魔のように対になっている。
しかし、ソティスと深く関わり、世界の命運を託される存在という役割を見ると、イシュマールは『風花雪月』主人公という存在の”原型”を思わせる。
それは設定上の繋がりというより、「世界を導く者」という役割が受け継がれているようにも見える。
プレイヤーだけが知っていること
ここで、もう一つ気になることがある。
『風花雪月』という作品は、一つのルートでは決して全貌が分からない物語だった。
レアも。
エーデルガルトも。
クロードも。
ディミトリも。
誰一人として世界の全てを知らない。
すべてのルートを見届けたプレイヤーだけが、フォドラという世界の歴史を繋ぎ合わせることができる。
だからこそ、『風花雪月』はゲーム内だけでは完結しない物語だった。
そして今、『万紫千紅』は、その歴史よりさらに過去を描こうとしている。
もしイシュマールという主人公が、再びプレイヤーを世界の中心へ導く存在なのだとしたら。
彼はベレト/ベレスの設定を受け継いだ人物ではなく、プレイヤーという「観測者」の役割を受け継ぐ主人公なのかもしれない。
おわりに
現時点では、イシュマールが人間なのか、眷属なのか、あるいは「御使い」と呼ぶべき存在なのかは分からない。
しかし、彼が『風花雪月』主人公たちを思わせる価値観や役割を持っていることは偶然とは思えない。
もしこの考察が正しいなら、『万紫千紅』は『風花雪月』の過去を描く作品であるだけではない。
もう一度プレイヤーへ世界の歴史を託し、フォドラという神話全体を見届けさせるための物語なのかもしれない。




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