戴冠式の後。
王城中の玉座のある間に、
ディミトリとベレトがいた。
「……お前は、修道院へ戻るのだな」
「ああ」
二人の間に、沈黙が流れた。
ディミトリは一瞬だけ、王ではない顔になる。
「お前がいれば――」
そう言いかけて、口をつぐむ。
ベレトは、それを見ている。
そしてしばらくの沈黙の後、口を開いた。
「“陛下”は、もう一人で立てます」
…わかっている。
ディミトリは息を吐く。
「……そうだな」
でも二人とも知っている。
“選ばなかった未来”があったことを。
「いや。何でもない」
ディミトリが言う。
ベレトは一礼する。
「陛下の治世が、民に安寧をもたらしますよう」
「……達者でいろ」
ベレトは踵を返し、歩き出す。
足音だけが響く。
ディミトリは立ち尽くす。
呼べば、止まるかもしれない。
ベレトの足音が遠ざかる。
ディミトリは一歩だけ踏み出しかけ、止まった。
拳を握る。
「……」
声にならない。
ディミトリは、王として立つ。
王として、その振り返らない背中を見送った。
回廊の先で、姿が闇に溶ける。
窓から、蒼い月光が差し込んでいた。
ディミトリはその日、
玉座に座ったまま朝を迎え、
王都はすでに目覚めていた。
呼ばなかったことが、
彼の即位の証となった。
遠くで、鐘の音がした。
ベレトは、修道院へ向かう馬車の中にいた。
閉じられた目に、涙はない。
ただ、静かに息を吐く。
振り返らないと決めたのは自分だと、
理解しているから。
静寂の中で、
ディミトリは振り返らなかった背中を思い出す。
一瞬だけ、名を呼びかけそうになる。
でも、口にはしない。
代わりに、ゆっくりと王冠に触れる。
重い。
「……これでいい」
誰に言うでもなく、そう口にした。
これは、自分に言い聞かせているわけではない。
選択の確認だ。
そして、
“選ばなかった未来”は
彼の中で静かに生き続ける。

コメント