創作を読んでいて、
「なんとなく違和感がある」と感じる瞬間がある。
感情の流れは理解できる。
言っていることも間違っていない。
でも、なぜか“作者が喋っている”ように見えてしまう。
最近、その違和感の正体が少し分かってきた。
感情の最中、人はそこまで整理して喋れない
本当に感情が揺れている時、人は意外と説明できない。
言葉に詰まる。
黙る。
怒る。
話を逸らす。
あるいは、自分でも何を感じているのか分からない。
特に、
未熟なキャラや、感情を抱え込んでいるキャラほど、
自分を正確に説明することは難しい。
にもかかわらず、
創作では時々、
「感情的なはずのキャラ」が、
妙に整理された言葉で、自分の内面を説明し始めることがある。
なぜそうなるのか
理由は単純で、
作者が“読者に伝えたい”からだ。
・このキャラは傷を抱えている
・こういう過去がある
・だからこういう行動をしている
それを早めに理解してもらいたい。
すると、
キャラ本人の感情よりも、
「必要な情報」が優先され始める。
結果として、
“感情の最中なのに、
自己分析能力が高いキャラ”
が生まれる。
「理解済みの言葉」は、時に感情を薄くする
人は、
本当に整理できていない感情ほど、
うまく言葉にできない。
だからこそ、
・行動
・沈黙
・視線
・反応の偏り
・話題の回避
といった、
“説明されない部分”に感情が滲む。
逆に、
感情がすべて整理された言葉で語られると、
読者は「理解」はできる。
だが、
感情を“体感”しにくくなる。
そこで見え始めるのが、
「キャラが喋っている」
ではなく、
「作者が必要情報を運んでいる」
という感覚だ。
早すぎる開示は、「発酵前」に近い
最近、
私はこれを「発酵前の開示」に近いものとして考えている。
本来なら、
違和感や行動の積み重ねによって、
読者側が少しずつ察知していくはずのものを、
先に言葉で整理してしまう。
すると、
キャラの“未整理感”が消える。
特に、
感情的なキャラほど、
その違和感は強く出やすい。
まとめ
感情を説明すること自体が悪いわけではない。
ただ、
「そのキャラは、
本当にそこまで理解して喋れる状態なのか?」
という視点は、
かなり重要だと思う。
キャラの感情と、
言語化能力。
そのズレを見ると、
「なぜ違和感が生まれるのか」が、
少し見えやすくなる。