神話は「事実」ではなく「生存の物語」
神話を読んでいて、ずっと不思議に思っていたことがある。
世界があまりにも「まっさら」なのだ。
日本神話では、海の上から国が生まれる。
洪水神話では、世界が一度滅びてから人類が再び始まる。
まるで、世界が一度リセットされたかのように見える。
神話は宇宙の始まりを説明する物語だと言われることが多い。
けれど、私は少し違うのではないかと思っている。
神話は「事実」を伝えるための物語ではなく、
人が生き残るための物語なのではないだろうか。
人は理解不能な出来事を「人格」に変換する
例えば有名な神話に「ノアの箱舟」がある。
神が世界を洪水で滅ぼし、ノアだけが箱舟で生き残るという物語だ。
この神話の中心は洪水そのものではない。
重要なのは「生き残った」という部分だ。
世界が壊れたあと、誰が生き残り、どのように世界を再建するのか。
洪水神話は、その物語を語っている。
つまり神話は、災害の記録というよりも「生き残るための物語」なのだ。
実は洪水神話は世界中に存在する。
メソポタミア神話、聖書、ギリシャ神話など、
かなり似た構造を持った物語が各地に残っている。
それはつまり
人類が何度も巨大災害を経験している可能性が
あるということ。
人々は、壊れた世界を受け入れ、
生きていくために神話を作るのだ。
災害・戦争・崩壊の後に神話が必要になる理由
神話は、事実ではない。
では神話は何なのか。
私は、神話は「生存の物語」なのだと思う。
災害、戦争、社会の崩壊。
人は理解不能な出来事に直面したとき、それをそのままでは受け止めることができない。
だから人はそれを「人格」に変換する。
神の怒り。
神の意思。
英雄の物語。
そうすることで、人は初めて世界を理解できる。
そして、その物語は語り継がれる。
残された神話は人々の心の支えであり、
また同じ災害が起こった時のための
災害復興マニュアルでもあるのだ。
私はそう考えている。
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