湊先輩とパンケーキ

◻️あらすじ

大学の先輩・湊に誘われ、パンケーキの店へ行くことになった。
店内はカップルや女の子ばかりで、男二人では少し浮いてしまう。そんな空間に馴染むため、軽い提案から始まった“それっぽい工夫”は、やがて現実のものになる。

甘い香りの中で交わされる、何気ない会話とささやかな気遣い。
そのどれもが自然に見えるのに、どこか噛み合っていない。

可愛い先輩と過ごす、少し特別な時間。
けれどその時間は、思っていたよりもずっと、輪郭の曖昧なものだった。

◻️ジャンル

現代・日常・心理
(ブロマンス/BL要素あり)


 大学で同じゼミの湊先輩と一緒に、帰り道を歩いていた。湊先輩は、みんなから面倒見いいって評判で、誰とでもうまくやる人だ。社交的で明るくて、——あと、かわいい。

 自分とは正反対だと思う。そんな湊先輩のことが、実は少し気になっている。

 道の途中、湊先輩が立ち止まったので、自分も止まる。「しあわせのぱんけーき」と書かれた店の前で。

湊先輩は、その看板を見ていた。

「この店、前から気になってたんだよね」

「そうなんですね」

パンケーキと湊先輩。

すごく、似合いそうだと思った。

 窓の外から中を覗いてみると、店内は女の子同士や男女のカップルでいっぱいだった。

 明るくて、可愛らしい雰囲気の空間。甘い香りが漂っていそうだ。

湊先輩は店内を見ながらぽつりと言った。

「あー……でも、男二人で行ったら浮きそうだ」

 その後、少し考えてから、「……それっぽくすればいけるかも」と小さく呟いた。

 どういう意味か考える前に、「いいですよ」って答えてた。

 次の休日。着替え終えて鏡の前に立つ。そこには、淡い色のヒラヒラしたトップスに、同じく淡いふんわりとしたスカートを組み合わせ、頭にはセミロングヘアのウィッグを被った男の姿があった。

(何をやっているんだろう……)

 可愛らしいパンケーキ店に合わせるために、女装することになった。

それが、湊先輩と過ごすための条件だった。

 自分でも、少しおかしいのではないかと思う。だけど、湊先輩の希望に添いたい。そう思ったから。

でも。

(……湊先輩の方が似合いそうだな)

小さく息を吐く。

(……そろそろ出ないと)

 服に合わせて用意したフェイクレザーの小さいショルダーバッグを肩にかけ、玄関で白いスニーカーに足を入れる。

 ドアノブに手を伸ばして——一瞬だけ躊躇した後、外に出た。

店の前で待っていると、湊先輩がやってきた。

一瞬だけ、こちらに目を向ける。

「……いけそうだね」

湊先輩のその言葉に、少しだけ安心した。

 店内に入った瞬間、甘い匂いに包まれる。甘くて、暖かい。今の自分の格好も、この場所なら受け入れてくれる気がした。いや、そうであってほしい。

「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」

「はい」

「お席にご案内します。こちらへどうぞ」

 にこやかな店員に案内されて、小さい二人用の席に、湊先輩と向かい合って座る。

「当店はパンケーキの専門店でございまして、お客様のご希望に合わせたトッピングをお選びいただけます。こちらのメニューからどうぞ」

 テーブルに置かれたメニュー表を覗き込む。パンケーキに載せるフルーツや、かけるソースの種類をいろいろ選べるみたいだ。……種類が多すぎて、よく分からない。

「また、季節限定のフェアを行っております。よければご利用ください」

 フェア用のメニューを渡される。ラミネート加工された紙には、『春の苺フェア』と書かれ、苺が載ったキラキラしたパンケーキの写真が添えられていた。

「お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びくださいませ」

 店員は最後にそう言うと、軽く一礼をして去っていった。

「すごいね。色々選べるんだ」

 湊先輩は、メニュー表に書かれたトッピングの説明を熱心に読んでいる。かわいい。

 自分は、『春の苺フェア』のメニューに目を向ける。こちらはトッピングが決まっているらしい。たくさんの中から選ばなくていいのが分かりやすくて、楽だと思った。

——そういう方が、間違えない気がした。

「……決まったよ。そっちは?」

湊先輩の言葉に、一拍遅れて頷いた。

 自分が何を食べたいかより、ここで何を選ぶのが正しいのかが、先に浮かんだ。

 ベルを押して、注文をする。湊先輩は、色々なフルーツやアイス、ソースのトッピングを選んで注文していた。あと、ドリンクセットで紅茶。自分は、飲み物のことは考えていなかったので少し慌てた。さっき見ていたフェアのメニューもドリンクセットにできるみたいだったから、湊先輩と同じ紅茶を選んだ。

 パンケーキは、出来上がりまで二十分もかかるらしい。出来上がりまで何をして過ごせばいいのか分からない。特に意味もなく、テーブルに置かれたメニューの宣伝や、お知らせの紙などを手に取って見る。

 湊先輩はテーブルに置かれた細長い籠に手を伸ばし、中からプラスチック包装されたおしぼりを取り出した。

「はい」

「あ、ありがとうございます……」

 手渡されたおしぼりの袋を開けて手を拭く。拭きながら湊先輩の方を見ると、おしぼりの袋は開けられることなく手元に置かれたまま。

その視線は、自分の手元に向けられていた。

(……タイミング、間違えた?)

 急に不安になる。でも、おしぼりの袋はもう開けてしまって戻せない。

 少し迷った後、正解が分からないまま、無言でおしぼりを畳んで机の隅に置いた。

「失礼いたします。先にお飲み物をお持ちしました」

「ありがとう」

 テーブルにポットとティーカップが二つずつ置かれる。ポットには、キルト生地のカバーがつけられていた。

「少し蒸してからどうぞ。お熱いので、お気をつけください」

置かれたポットに目を向ける。

(……少しって、どのくらいだろう)

 周りを見れば分かるかと思ったけど、先に飲み始めている人ばかりで、判断がつかない。どのくらい待つのが、正しいんだろう。

 しばらくそのまま待っていると、湊先輩がポットに手を伸ばし、カバーを外した。

 自分も慌ててカバーを外す。白い陶器で作られた、丸い形の可愛らしいポットが出てきた。

 ポットを持ち、ティーカップに紅茶を注ぐ。赤っぽい液体でカップが満たされ、白い湯気が立ち上がった。

カップを持ち上げて、口をつける。

「あっつ!」

「……大丈夫?」

舌をやけどした。一旦カップを置いて、水を飲む。

 カップを手に取り、息を吹きかけて、少しだけ冷ます。

 もう一度、口をつける。舌先は少しヒリヒリしたが、口に含むと良い香りが広がり、それでいてスッキリとした味わい。

……美味しい。

「何も入れない派なんだね」

 その言葉にハッとして目を向けると、湊先輩は紅茶にミルクを入れているところだった。先の切られたスティックシュガーも、テーブルに置かれている。

 ミルクを入れ終わると、湊先輩はスプーンを手に取って軽くかき混ぜた。

(……まずい。また間違ったか?)

 カップを置き、湊先輩と同じように紅茶に砂糖とミルクを入れる。

スプーンでかき混ぜる。

口にする。
……甘い。

でも、温度はさっきよりも飲みやすくなった。

「……面白いね」

 見ると、湊先輩が自分を見て微笑んでいた。何が面白かったのかさっぱり分からないけど。それでも、湊先輩の笑った顔が見られるなら、それでいいと思った。

「休みの日って、普段何してるの?」

 そう尋ねられ、言葉に詰まる。大学の課題と家事を片付けたら、家でゴロゴロしながらスマホを見ているだけ。こんな場で語れるようなエピソードは思いつかない。

 かと言って、架空の休日を捏造して話すのも違うだろう。

「……家事、ですかね」

なんとか、無難そうな回答を絞り出す。

「そっか。……一人暮らしなんだもんね。大変だ」

湊先輩はそう言うと、紅茶に口をつけた。

その後も、いくつか質問された。

 質問にはちゃんと答えているはずなのに、自分のことを話している気がしなかった。

 しばらくすると、焼きたてのパンケーキが運ばれてきた。

 自分の前に置かれたのは、先ほどメニューの写真で見たそのままの、苺とクリーム、ソースがトッピングされたパンケーキ。なんだかキラキラしてる。

「うわー、すごい!かわいいね」

 湊先輩はポケットからスマホを取り出すと、パンケーキに向ける。

「せっかくだし、一緒に撮る?」

言われるがまま、机の中央に顔を寄せる。

そのまま、一緒に写った。

「シェアしとくね」

 湊先輩がスマホを操作する。すぐに自分のスマホに通知があり、今撮った画像が届けられていた。

並んで写る二人。

 いつも通りかわいい湊先輩と、見慣れないセミロングヘアの自分だった。

チラリとだけ見て、テーブルに伏せた。

 パンケーキにフォークを刺すと、ものすごくフワフワだった。

 口に入れると、中の生地がトロトロしすぎて生焼けみたいに感じた。あんまり好きじゃないと思った。

湊先輩はパンケーキを頬張ると、にっこり笑う。

「美味しいね」

「美味しいですね」

湊先輩が、こちらの皿を見つめてくる。

「……そっちも食べてみたいな」

「いいですよ」

皿を入れ替えて、一口ずつ食べてみる。

 湊先輩の選んだトッピングは、すごく美味しかった。

 でも、生焼けみたいなパンケーキが、あまり好きになれなかった。

 全部食べ終えて、息をつく。パンケーキっておやつみたいだけど、量が多くて食事みたいだった。

「ねぇ」

反射的に顔を上げると、湊先輩と目が合った。

その顔は、真顔だ。

「もうしなくていいよ」

その言葉が、なぜか少し寂しく感じられた。

理由は、分からなかった。

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この記事を書いた人

関係性オタク。
成立しない関係を、成立させてしまう物語。
救いより納得。
読むと、脳が焼けます。
構造分析×一次創作
添削・相談もやってます。

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